先輩移住者の声

村上勇太さん(1989年生まれ)

村上勇太さん (1989年生まれ)

移住時期:2015年

職業
移住前:映像制作会社社員⇒移住後:フリーランスの映像クリエイター
住まい
2015年広島市安佐北区から移住⇒神石高原町油木の町営住宅⇒神石高原町小野の古民家を購入し在住
家族構成
妻、長男(0歳)
村上勇太さん(1989年生まれ)

人生の一大イベントである結婚を機に神石高原町への移住を決断した村上さん。 「移住前に勤務してた映像制作会社がめちゃくちゃハードな職場で、帰れない日も多かったんですよね。だから、結婚する前から離婚をイメージしちゃってました(笑)。奥さんとも全然デートできてなかったですからね。」と当時を振り返る。奥さんとの結婚を意識し始めた2年前、映像クリエイターという仕事自体は楽しいし続けたいと思っていた村上さんは、元々30歳までには独立したいという想いもあって、結婚と独立を同時に決断。しかも、以前から興味があった田舎暮らしまで実現するという離れ業までやってのけることに。そこに至った出会いとは…

村上さんは神石高原町が募集していた『地域おこし協力隊』の存在を耳にし、「2,3年町から給料をもらいながら神石高原町内で起業ができる『起業特化型』なら、全てが叶うかも!」と決意、すでに1年早く『地域おこし協力隊』で移住していた小埜さん、神石高原町役場の入江さん、矢川さんの御三方のと面談の機会を早速ゲット。
そこで、フリーの映像クリエイターとして独立起業しながら、町のIT関連サポートや映像制作のお手伝いをしたいというビジョンを語り、町との想いも合致したことから移住を決断。翌年の募集に応募し、映像制作会社を脱サラ⇒結婚⇒移住⇒フリーランスの映像クリエイターとして独立起業と一挙に新たなステージへ駆けあがりました。奥さんも「昔から、田舎暮らしがしたいって聞いてたから、意外にすんなり受け入れちゃいました」と。「前の会社のペースで仕事してたら、新婚旅行さえも行けないと思ってたし、幸せな結婚生活が送れるとは到底思えなかったから、ホントに結婚を契機に色々切り替えられて良かったですよ」と村上さん。最近は映像制作の仕事も軌道に乗り始め、1年目に無料で作った町や地元の企業の紹介映像作品をネタにSNSを活用して東京・大阪のベンチャー企業の仕事を直接請け負えるようになり、フリーランスになってからの独自の人脈や案件も増えてきたとのこと。東京・大阪に行くのは広島市も神石高原町もそんなに時間も距離も変わりません。プライベートと、仕事のエリアを完全に分断することで精神的なストレスが減り、人に対して優しくなれました」とも。「多くの人が仕事ありきで『住みたくない所』で『好きじゃない仕事』やってると思うんで、いい人達に囲まれて『大好きな場所に住んで』、『大好きな仕事をしてる』自分はすごく幸せだと感じる」と話す村上さんは真の豊かさが何であるかを20代にして理解できていて、非常に大人びて見えた。

そんな村上さんが神石高原町に移住して一番「いいね!」と思ったのが『人と人の繋がり』の素晴らしさ。それこそが醍醐味であると言い切ります。「最初は田舎独特の人間関係の近さや濃さが少し面倒かなと心配してたんですが、祭りや町の色々な行事の度に一緒に飲んだり食べたりして家族みたいな関係にどんどんなっていくんですよね。農家の人から旬の野菜を箱一杯もらったり、たくさん作ったからと料理をいただいたりと。ホント甘えさせてもらってます」とご近所の人の話をする村上さんは笑顔が絶えない。逆に村上さんが得意なパソコンやITインフラ系のトラブルや設定では、地元の皆さんからは重宝がられているとか。自分の得意な事や若さで貢献することで、補完し合える関係を築けることが、田舎暮らしにすんなり順応できるファクターなんだとわかる。だから『地域自治』の意識が半端ないんです」とも。住人以外がほとんど来ることがないので、『よそ者』に対する警戒心が強く、他のエリアのナンバープレートを付けた車が入ってきただけで警察に通報が入るほど。村上さんも当初は、「あんたは何者じゃ?」と言わんばかりに、近所の人たちから質問攻めに会うことも多々あったとのこと。「でも、今では『地域自治』の強さのおかげで小野の皆さんに守られてるって、すごく感じます。うちの息子も皆さん本当の孫のように可愛がっていただいてます!」とも。奥さんも「繁忙期にバイトしてる先輩移住者の玉島さんのトマト農場に息子を連れて行っても、代わる代わる皆さんが抱っこしてくれてホント助かります。おかげでこの子全然人見知りしないんですよ」と地域で子どもを見守ってもらえる環境に大満足のご様子。「給食費が中学まで無料だし、学校に行くようになってもスクールバスが家の前まで来てくれるから、意外に子育てしやすい環境なんです」とも。

村上夫妻に話を伺っていると、神石高原町のネガティブな面はほとんど出てこない。「しいて上げるなら、インターネットの光回線の速度が映像の仕事やってる僕からしたら遅くて困ることと、移動がどうしても車になるんですけど、用事をこなすにも移動距離が尋常じゃなくてガソリン代がかさむことくらいです」と。奥さんからは「町に小児科が無いことくらいですかね」とあっさり。買い物も野菜と米は評判の良い安全で美味しいものを安く分けてもらえるし、週に1回東城のスーパーに肉と魚を買いに行くくらいで十分間に合うし、おむつやミルクもAmazonで注文すれば翌日届くし、田舎でも全然不便だと思わないのだと言う。逆にいいことはいっぱいあって神石高原町は本当に住みやすくて、いい環境だという話ばかりで、私も正直将来選択肢に入れてもいいと思うほどでした。これから移住する人が増えて、村上夫妻のように神石高原町が大好きで真の豊かさを体感できる人が多くなれば、神石高原町は魅力的な町になっていくのだろうなと確信したインタビューでした。