金山凌也さんは広島市出身ながら高校は祖父の出身地である広島県北部にある庄原実業に進学して酪農を学び、大学も本場北海道の酪農学園大学に進んだ酪農男子。
大学卒業後は学んだ栄養学を活かしたいと北海道の牛の飼料会社に入社するも営業部門への出向をきっかけに退社。その後、野菜の営業に1年従事するも「物作りがしたい!土いじりしたい!」と一念発起し、農業をするために広島に戻る事を決断しました。
おじいちゃん子だった金山さんは、おじいちゃんが畑を借りてさつま芋やレタス、枝豆を作っていた時に手伝っていたそうで、その時の喜びがきっかけになったようです。
最初に従事したのは、安芸高田市のハウス栽培。そこで1年経験を積んだ頃には「農業で独立したい」と言う思いが沸々とわいてきたそうで、本格的に農業に取り組むべく神石高原町の「株式会社神石高原」に入社と同時に神石高原町へ移住しました。
金山凌也さん (1992年生まれ)
移住時期:2019年
- 職業
- 移住前:北海道で飼料や野菜の営業経験後、農業をするため広島県安芸高田市に⇒移住後:株式会社神石高原に入社し農業に従事
- 住まい
- 家賃28,000円の借家
- 家族構成
- 独身の一人暮らし
株式会社神石高原は十数人の会社で、74歳の社長を筆頭にスタッフの大半が60歳過ぎのベテラン揃い。そんな中に飛び込んだ金山さん、水を得た魚のようにイキイキと働きます。「名物のトマトではなくレアな野菜を作りたい」と言う目標を持って1年間がんばりました。そして漬け物屋さんをはじめ売り先を営業して拡大にも成功。「大学を卒業後に北海道でやっていた営業の経験が活かせたと思う」と金山さん。主力の生産物は、生姜とエゴマ。最近では漬物屋さんの要望で野沢菜も生産し始めました。
そんな金山さんの姿を社長も評価して、入社1年を過ぎた頃取締役に就任することに。今では、金山さんが農作業の1週間の予定を立てて生産管理するなど、畑の現場仕事だけでなくマネージメントも行うほどに。そして「数年後に社長になりたい!」と言う新たな目標もできて順風満帆な様子。「社長になるからには、まだまだ課題がいっぱい」と金山さんに甘えや奢りは見られない。
2020年「JGAP」と言う認証を受けたのも金山さんの実績。安全・安心が担保されているか等、生産工程も厳しくチェックされ、農業の持続性に向けた取組を行う団体として認定されました。
これにより、世界共通の目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に貢献することにもなります。この認証の申請も全て金山さんが行い、最近は補助金の申請も金山さん主体で行うようになったとか。
28歳にして成功の道を進む金山さんに、広島の良いところを聞くと・・・
「自然環境が良くて、大好きなアウトドアを満喫できるのが最高」
「広島は北でリンゴが穫れて、南ではみかんが穫れるくらい多様性がある」
「あと、カープがあることですね!」
と金山さんは広島愛も強い。
次に神石高原町のネガティブポイントを聞くと・・・
「どこに行くにも、車が必須」
「店が遠いので買い物に時間がかかる」
「農業以外の音が少ない」
こちらも明快に答えていただきました。
金山さんの、これから神石高原町への移住を考えている人へのアドバイスも明快。
「店や施設があまり近くにないので、自然が近くて楽しめる」
「いい人が多いから、ご近所さんとのやりとりもスムーズ、自分から話に入っていける人は向いていますね。」とも。
神石高原町に移住して順風満帆な金山さんの明るい未来が明確に見えたインタビューとなりました。