先輩移住者の声

岸本吉令さん(1976年生まれ) 恭子さん(1977年生まれ)

岸本吉令さん (1976年生まれ)

移住時期:2006年

職業
移住前:東京で自動車販売修理店勤務⇒移住後:奥さんの実家の(有)神石モータースの跡取り婿
住まい
2014年から築30年以上の古民家を購入して再生リノベーション
家族構成
奥さんの恭子さんと9歳の女の子、6歳と5歳の男の子の五人暮らし

出身は尼崎、東京で自動車販売会社に勤務していた岸本さん。Webデザイナーの恭子さんとの結婚と同時に恭子さんの実家「(有)神石モータース」の稼業を継ぐべく神石高原町に移住。
移住から11年の今では、9歳の女の子と6歳と5歳の男の子にも恵まれ、奥さんとともに「アフターファイブは子育て!」と笑顔で話す。
とは言え、奥さんもWebデザイナーとしてバリバリ仕事をしてるので子育ては大変かと思いきや「地域で育ててもらってるようなもんです」と。神石高原町は子育て支援制度も手厚く、自然に溢れているから遊び場にも事欠かない。ご両親だけじゃなく近所の方も身内のような距離感なので本当に子育て環境が素晴らしいと実感してるとのこと。
休みの日には、家族でキャンプにも気軽にいけるし、オフタイムにはセミプロレベルのバンドマンの吉令さんは音楽に勤しみ、恭子さんも週1回ペースでの仲間とのバドミントンに参加するなど、スローライフも楽しめている様子。

神石高原町出身の奥さんの恭子さん以上に、移住から11年の今ではご主人の吉令さんが地元の活動にどっぷり浸かってるようで、「後継者の会」から「消防団」、仕事関係では「商工会」「板金会」、子ども関係では「PTA」と顔出せるところに全部出てたら、役がつきすぎて大変な状況になってしまったとか。「自分が好きなことができるイメージとはちょっと違うし、田舎暮らしは人付き合いや酒を飲むことが苦手だとキツイかも。でも僕には合ってる!」と吉令さん。

仕事面では、通常の仕事を黙々とこなしながらも「車屋は中途半端な規模の都市ではしんどい商売だから、逆に神石高原町の方がチャンスがある」と奥さんの力も借りて、大好きな小型4WDジムニーのカスタムやレトロな雰囲気の丸目の車をレストアするなどニッチな車に特化してインターネットで販売も開始。市場の小さい神石高原町に居ながらも遊び心ある車を揃えれば、ネットを通じて全国にビジネスチャンスが広がると確信する。
「IT業界で働いてたから、最初は情報が少なすぎて怖かった」と恭子さん。でも今では「こっちに帰ってきて、本当の仕事をしてる感じがする」と充実感を感じている様子。神石高原町だけでなく、前職のネットワークも活かして遠方からの依頼もバリバリこなしている恭子さんは、神石高原町に居ながらも都会のやり手キャリアウーマンに負けていない。
神石高原町に来る前と同じ職種につきながら、以前よりもやりがいをもって仕事をエンジョイする二人は、夫婦揃って成功事例に挙げられる素晴らしいケースだと感じた。

そんな仕事もプライベートも充実の岸本夫妻は8年前に念願のマイホームもゲット。車のカスタムやレストア好きな車職人とWebデザイナーのお二人だけあって、新築ではなく築30年以上の古民家をこだわりの再生リノベーションで自分好みに仕上げ、蒔ストーブ+ファンヒーターで寒さ対策も万全の住まいを改装費1600万をかけて完成。完成後に神石高原町では蒔ストーブ購入の助成金制度ができて悔しい思いはしたけれど、都会では考えられない価格で手にした岸本家は、田舎暮らしならではの夢のマイホームをゲットできた成功例だと言えるでしょう。

夫婦揃って充実したオン&オフを体現するお二人を見て、改めて田舎への移住はありだなと痛感したインタビューでした。