先輩移住者の声

髙橋洋人さん(1980年生まれ) ケリー・チャンさん(1984年生まれ)

髙橋洋人さん (1980年生まれ)

移住時期:2013年

職業
移住前:東京で福祉職をした後2012年に北海道で1年間農業⇒移住後:田邊ファームでの研修後に神石高原町で本格的に就農
住まい
2015年から現在の古民家を購入し、日々DIYで改善中
家族構成
奥さんのケリーさんと1歳半の男の子の三人暮らし
髙橋洋人さん(1980年生まれ) ケリー・チャンさん(1984年生まれ)

神石高原町に移住して3年の髙橋さんは、町内に多くある耕作放棄地を借り受けて有機農業を生業にしている専業農家さん。
東京の大学を卒業後に就職した会社を辞めて、1年間北海道で農業の研修を受けたものの、再び東京に戻って福祉の仕事に従事していました。そんな中で,髙橋さんは東日本大震災を体験し、そこから色々考えることもあって転々としながら、再び農業に回帰することになりました。
「小さい頃にどんぐり拾って、それを育てたりしてたから、農業やる素養があったのかな」と髙橋さん。

ちょうどその頃、語学研修を兼ねた2ヶ月の農業体験で香港から北海道にやってきたのが、奥さんのケリーさん。そこで髙橋さんと出会いました。当時,ケリーさんは看護師として香港で働いていたため,2ヶ月の農業体験を終えると帰国。そこから国際的な長距離恋愛がスタート。そんな折、髙橋さんは神石高原町に移住するきっかけとなる出会いにも遭遇します。
5年前に髙橋さんが尾道に滞在していた時、尾道のオーガニックマーケットで神石高原町で有機農家をやってる伊勢村さんと出会い、有機農業の素晴らしさに触れます。その後,伊勢村さんも所属する「かたつむりの会」という,神石高原町を中心に広島県東部の有機農業生産者が組織するイベントにも参加。そこから神石高原町の「田邊ファーム」での住み込み農業研修で1年ほど有機農業を学ぶことになり、神石高原町の自然や農業環境にも惚れ込み,有機農家になることを決意しました。
「神石高原町はそれぞれ違うスタイルを持った、有機農業のベテラン農家が何人もいて、惜しみなく経験や知識を教えていただけているのはすごく助かっているし、有機農業のグループが率先して出荷や学習をともにやっていこうという姿勢は神石高原町
の強みだと思う。」と髙橋さんは分析する。

一方ケリーさんは,看護師という責任ある仕事に従事していることもあって香港をすぐに離れる事が難しく、髙橋さんも有機農家として生きてゆく決意はしたものの「どこまで農業ができるのか?」正直手探りの状態。そんな中二人は、日本と香港で離れ離れのまま結婚に至ります。
そして結婚から1年後、ケリーさんが看護師を辞めて来日できる目処がつき、そのタイミングで髙橋さんも神石高原町での定住に向けて新居を構えようと一念発起。伊勢村さんの知人の方から紹介してもらった古民家を手に入れ、ケリーさんを迎える準備をスタート。最初は、かなり傷んだ箇所もある古民家だったので住めるようにするのは大変な労力が必要でした。今でも日々直し直しでDIYに勤しむ髙橋さんですが、今では手作りの蒔ストーブまで作ってしまうほどレベルアップ。ストーブ用の薪割りも毎日の日課でお手の物。野菜作り以外にも「ものづくり」の才能を如何なく発揮されてます。

ケリーさんの手伝いもあって周辺に借りた田畑も徐々に増え、30種類以上の色々な野菜作りにもチャレンジしながら、有機農家として手ごたえも感じ始めた髙橋さん。一緒に暮らし始めて1年、待望の長男竹男くんも誕生し、ますます気力も充実。今では、自分で販路も開拓し、レストランなどと直接契約を結ぶなど長期的な視点を持って農業経営に取り組んでいます。また、「これまでは助成金や給付金を受けずやってきたけど、今からは認定農業者の認定も受けて金融や税制面で支援を受けたり、機械を借りたりしたい」と意気込む。

髙橋さんの今後の夢は「もっと経営を安定させて、キレイな家に移りたい!」。やはり古民家は手間が掛かるし維持するのも大変なようで、更に温暖な香港生まれのケリーさんも寒いのは苦手なので、新しい家で神石高原町の冬の寒さを少しでも緩和できたらとの思いも見える。
「冬の寒さは神石高原町への移住のデメリット。その他は、都会に比べて地域のつながりが強く、田舎ならではの近所づきあいや地域自治の役割の多さが、都会と比べて大変なところ」と髙橋さん。ただ逆の面もあって「隣のお婆さんとウチの奥さんが気が合って、本当に仲良しなのは、ここに住んで良かったこと」と近所づきあいもうまくいってる様子。
「あと、仕事が家族の近くなので子どもに仕事をしている姿を見せることができたり、仕事をしながら子どもが遊んでいる姿を見られるのは,自営で農業をしていて良かった事。子どもが父親の仕事の真似をして遊んでいるのを近くで見られるなんて、中々無い事ではないかなと思います。」と、専業農家という仕事に満足感が漂う。
ただし、難しさもあるようで「農業は実際労働時間は長いし、休みも地域活動に取られる場合も少なくなくて、家族のケアや子育てに疎かになって、奥さんに負担かけてしまってる」とも。

奥さんのケリーさんは、子育て環境について「神石高原町は子育て支援制度が充実してるし、保健師さんに相談できるコミュニティーもあるから安心。ただ、小児科の先生が居ないから、そこは充実させて欲しい」とも。
今後については、「子育てしながら、もう少し落ち着いたら日本の看護師免許を取って、看護師として働きたい」とケリーさん。神石高原町は看護師人材のニーズもあるので、経験を生かして、ぜひ活躍してほしいですね。

最後に髙橋さんから、どんな人が田舎暮らしに向いているかお聞きすると「都会では当たり前にあるコンビニや色々な店が近くになくても、工夫と想像力であるものを楽しんだり、何かを作ったりできる人は田舎暮らしが楽しめる気がします」とのこと。まさに、それを体現してるのが髙橋さんだし、満喫されてるのを痛感できた言葉でした。

神石高原町に縁も所縁もなかった二人が有機農業を通じて移住し、結婚し、子どもを産み育てる。「これは理想的な移住・定住の事例だ」と感じさせられたインタビューとなりました。